目には目を。
 歯には歯を。
 痛みには―。





 Inclusion:Chapter 02 〜因果と応報〜




 その日その時。
 ―あるいはその日その時「も」。
 磯崎(イソザキ)(カエデ)は恥も外聞も無く自らのデスクに突っ伏していた。

「やだ、メンドクサイ。
 働きたくなーい!
 もう僕疲れた。
 無職(ニート)になりたいよう・・・。」

 楓の外見年齢は20代前半。
 実年齢は29歳。
 そして精神年齢は関係者に言わせると・・・、―10代後半である。

「・・・楓様。
 人前であまりそのような醜態は晒さないようにお願いします。」

 と、淡々と酷い事を言うのは楓の秘書・(イシブミ)密華(ヒソカ)、御歳28歳。
 さらりと自分の上司の行為を醜態≠ニ断じる強烈な女性であった。

「今は人前じゃないから良いでしょー・・・。」

「自分が居りますので。
 どうしてもそのような態度をお取りになりたいなら自室でどうぞ。
 ―もちろんお一人で。」

 冷酷な密華の言葉に楓は上体を起こし、クセの強い猫っ毛をかきあげる。

「・・・はいはい、もう密華ちゃんってばツンデレなんだから―。」
「―生憎自分にデレは御座いません。」

 無表情なままそう告げる秘書に、ぽかんと口を開け、楓は―

「え、嘘?! 密華ちゃんツンデレって言葉知ってるんだ?!」

 と秘書の意外な一面に大いに驚愕してみせた。

「世間一般で使われている程度には把握しております。
 ・・・仕事ですから。」

「仕事・・・? 仕事で一般的に使うかなツンデレって・・・。
 ・・・え、あれ、もしかして僕遠回しになじられてるの?」

「それは気のせいです楓様。
 別段、婉曲的な(げん)のつもりは御座いませんので。」

「いやそれってハッキリなじってるって事じゃないの?!」

 叫んでまたデスクに上体を投げ出し、楓は左眼―正確には左眼をおおう眼帯―を指先でそっと撫でる。

 机に突っ伏したままゴロゴロしだした上司の姿に、密華は内心大きくため息をついた。
 世間の風評はともかくとして、彼女の上司、磯崎楓は存外に有能な男である。
 ・・・だがそれも、本人にやる気がある場合においての話。
 一度やる気無しモードに移行した楓は、食事はおろかトイレにすら行くのをめんどくさがる天下無双のぐーたらダメ人間と化す。
 こうなったが最後、彼の大好物である金魚鉢(フィッシュボール)パフェで気を釣ろうが楓は絶対に仕事をしない。
 いつもの事と言えばいつもの事ではあり、密華はため息をつきつつ内線電話の受話器を持ち上げる。
 午後の仕事に手を回して予定を調整せねばならない。
 と、内線通話のボタンを押そうとしたその時―。

「はーいもしもーし? こちら楓ちゃんですよー♪」

 楓が電話を取った。
 呼び出し音が1度響ききる前に受話器を持ち上げた楓の反射神経も相当おかしいのだが、やる気を失っていたはずの楓が電話に出るのもおかしい話ではある。
 見れば楓が握っているのは机の上に置いてある最新型の電話の受話器ではなく、その横に鎮座していた古風な黒電話の方であった。
 その黒電話は楓がある人物からの電話を取る為「だけ」に用意した直通回線であり、つまり―。
 密華は手にしていた内線電話の受話器をそっと下ろす。

(あの方からの電話1つでやる気を取り戻すというのも、何だか納得いかないけれど・・・。)

 それでもまあやる気を出してくれるのはありがたい話ではあった。

「んー? 身元確認? そりゃそれくらいいくらでも頼まれますけどー。
 珍しいよね、八千夜(ヤチヨ)ちゃんがそういうの頼んで来るなんて。
 いやいやいや、手間とかじゃないよどうせ暇なんだし僕さ?」

 磯崎楓は暇ではない、決して無い。
 故に碑密華はわざとらしく咳払いをしてみたが、楓は聞こえないフリでこれをスルー。

「―で、どこの誰? どんな子? 特徴は?」

 頬を緩め、ふんふん、と気軽に頷きながら話を聞いていた楓の動きが止まる。
 気の抜けた表情から一転、張り詰めた緊張を滲ませた真剣な顔になり、

「・・・待って、それ不味いよ。
 八千夜(ヤチヨ)ちゃん何も聞いてないの? ホントに?
 や、だって、何の話も何も。
 盾史(タテフミ)君、死んじゃった(・・・・・・)よ?」

 一瞬、間があった。
 直後、離れて立っている密華の位置まで、楓の電話の相手が狼狽の叫びをあげたのが聞こえて来る。

「いや、ホント、嘘じゃないし冗談でもない。
 ・・・てかそもそも冗談でこんな事言えるワケ無いっしょ?
 うん、そう、伊田の若様が後釜に納まりかけたけど、
 (キヌタ)のおねーさまと石動(イスルギ)のじーさまが文句つけてね。
 ―まあ、ぶっちゃけてアレだ。
 控えめに言っても内戦≠トヤツでしょ、これ?」

 言って苦笑しながら、楓は眼帯の上から左眼を指で擦る。

「―まあ、何にせよ、その子は(スズリ)≠ナ確保したが良いよ。
 僕が知る限りでも伊田の三男が動いてるしね、紅≠ツきで。
 ・・・ん? いや、そりゃ伊田配下の紅つーたら(ミギリ)の16代目ですよ。
 目的? そんなの野良狩り≠オかないでしょ、どう考えても。
 ちなみに磯崎(ウチ)は日和見ですよ、当然。
 騒ぎに乗れる程の勢力無いもの。」

 言ってケラケラと笑う楓に密華は鈍い頭痛を覚える。
 磯崎、―つまりは自身の勢力の無さを笑えるこの男は大物なのか、
 ・・・あるいはただの馬鹿かも知れず、概ねそちらの可能性の方が高いわけだが。

 じゃあまた、と気軽に受話器を下ろし、楓はどっかりと椅子に身体を沈める。
 健在な右目を閉じ、左眼を眼帯の上から指で擦りながら黙考する事、暫し。

「―ねぇ、密華ちゃん。」

「はい、楓様。」

 淡々と答える部下に右目を半眼に開きながら視線を送り楓は問う。

「午後の分と、後、明日からしばらく。
 仕事任せちゃっていいかな?」

「可能ではあります。―が、理由を明確にお願いします。」

「うん。
 ―どうも予定外の要素(イレギュラー)が生じてるみたいじゃない?
 誤差の可能性に関しては十分考えてあったけど、これはちょっとね。
 自分の目で見て確認して来ようかと思ってさ。」

「そういうことならば、代理で仕事を処理する事にやぶさかではありませんが。
 ―楓様。」

「ん?」

「楓様に先見の明が御在りなのは存じておりますが、
 何もかも予定通り、とも受け取れる発言は控えた方が宜しいかと。
 ・・・まるで悪役の言です、それでは。」

 渋い顔をして忠告する密華に口元を歪めて楓が笑う。

「んー? そんな風に聞こえるかなぁ。
 そんなつもりは無いけど、そう聞こえるなら気をつけ無いとね。
 ―でも、密華ちゃん。僕が悪党≠セったら見捨てちゃうのかな?」

 悪戯っぽく問い返す楓に密華は無表情のまま、

「私は日々、有能な部下たらんと務めております。
 ですので上司の善悪については言及しかねます。
 上司が黒と言えば白も黒、白と言えば黒も白。
 ―有能な部下とはそういうものでしょう?」

「へぇ。
 じゃあもし僕が『今此処で服を脱いで(トギ)の相手をしろ』とか言ったら―。」

 冗談めかして楓が言いかけ、

「私の存じる限り、楓様は着衣のまま事に及ぶ方が興奮なさるタチでしたかと。
 ・・・脱いだ方が宜しいですか?」

「いやあの?! なんでソンナコトまで把握してんの?!」

 ―磯崎楓が思っている以上に、碑密華は有能だった。




 路地裏に暴力の音が木霊する。
 殴り、蹴り、転ばし、投げ、叩き、突き、打つ。
 それは拳であり、肘であり、踵であり、膝であった。

 ―人間の身体って意外と頑丈に出来てるんだな。

 と、朦朧とする脳髄で他人事のように小湊京介は考える。

 これも何だったか、あのなんとか言う石の影響なのだろうか。
 だが彼に人並み外れた身体能力を与えていた石は既に無い。
 名も知れぬ少女に奪われ、自分は惨めに地に這いつくばったのだ。
 故にまだ、彼が生きているのは人並みの体力による、という事か。

 大多数の人間は、弱者に対して敏感だ。
 自分より弱い者を敏感に見抜き、それを攻撃する事で自分の弱さを否定し、
 ―あるいは肯定して、―自己の価値を確立する。
 結局はそれも現実逃避でしか無いのではあるが、
 結局はそうやって生きる事しかできないのが弱者≠ネのであろう。

 いや、そもそもが。
 弱者を定義するまでも無く、これは正統な―、正統な?―報復なのか。
 京介が虐げた相手が京介の状況を知って報復に及んでいる。
 つまりはそういう事なのだろう。
 周囲を見回せば、京介の見た事も無いチンピラの姿も多数見受けられるが、
 当の京介とて自分が虐げた相手の顔を全て憶えているわけでもない。

 ―情報早いよな、全く。

 嘲笑混じりにそう思う。

 それだけ彼の零落を待ち望み、その瞬間を虎視眈々と見定めていた人間が多かったと言う事か。
 ・・・とは言え、少女の蹴り一発で負けるところを見ていた割には、
 仰々しい人数であると笑わざるを得ないのも確かだった。


 暴行を受けて腫れたマブタが視界を塞いでいるせいで、確かな事は言え無いが。
 ざっと見渡した限りでも京介は10人以上の人間に囲まれている。
 暴行を加えている連中は皆素手だが、別に優しさからではあるまい。
 簡単に終わられて≠熏「ると、それだけの事なのだろう。
 実際、彼を囲む人垣の外側には、鉄パイプやら木刀やら、角材やら、
 ―どこから持ち出して来たのかはわからないが日本刀まで。―を、各々持参した男達が輪を作ってこちらを眺めている。

 物事には順序と言うものがあり、コレの次がアレなのだ。

 コンクリートの壁に背中を預けて荒い息を吐く。
 喉に痛みを覚えて咳き込めば、吐く息には赤い物が混じっていた。

 恐怖はもう無かった。
 既に暴行の開始から数時間が経過している。
 時間の感覚は完全に失われていたが、明るみ始めていた空はもう、昼間の陽気に取って変わられつつあった。
 身体中あちこちが痛み、最早どこが痛いかすら判然としない。
 痛く無い場所を探す方が楽だったのも少し前までの話で、
 既に痛みを感じ無い場所を探すのも不可能になりつつある。

 ―故に、恐怖はもう無かった。
 与え続けられる痛みに感覚は麻痺しきり、
 磨耗した神経は恐怖を他人事のように処理していた。

 ・・・むしろ、この地獄が終わるのならば死ぬのもありがたい等と。
 そんな風に鈍磨した脳髄は考えてさえいる。

 背中を預けたコンクリの冷たい壁が心地良かった。
 諦めは幽かに残されていた体力をも削ぎ殺した。
 両膝がカクンと折れ、壁を擦りながら上体が崩れ落ち、尻餅をつく。
 元から開ききる事もできなくなっていた瞳を閉じる。
 とっとと、トドメを刺せばいい。
 痛みはもう少し続くだろうが、それくらい構うものか。



「・・・どうも、そこのボロクズがそうみたいですよ、董路(トージ)さん。」

 裏路地に突然響いた場違いな女の声は、不思議なほどに良く響いた。
 暴行を加えていた連中が一斉に振り向き、内何人かが調子外れな口笛を吹いてはやしたてる。

 それは確かに美女と呼んで良い部類の女性だった。
 スリムパンツとスニーカーに包まれた脚は健康的なラインを形作っていたし、
 ワイシャツにストリング・タイ(細い紐状のネクタイ)という小奇麗な服装も彼女の健康的な美を引き立てていた。


「―邪魔だ、退け。」

 その女の横に立った、身長190cm程の男がボソリとそう告げる。
 最初、男達はその台詞が誰に向けられた物かわからず呆然としていたが、
 ややあってそれが彼等に向けられた物だと理解し(まなじり)を釣り上げた。

「ちょっとオッサン、どこ見て言ってんの?
 ボクタチ今忙しいんですよねー、見てわかんないかな?」
「そうそう、だから失せるのはコッチじゃなくてソッチなのよ。
 ドゥーユゥーアンダァスタァン?」
「あー、でも俺そっちのオネーサンとも遊びたいナァ。
 オネーサンだけは残って混ざってくぅ?
 モチロン紳士的にお相手しますよ紳士的にね?」
「バッカ、おめー、紳士的にって近藤さんも持ってねーくせに良く言う!」
「何言ってんの肌と肌のお付き合いがスキンシップの基本しょーよー」

 口々に強気に好き勝手な事を言うその自信の根拠は、人数か。 

 巨漢は隠そうともせず露骨に舌打ちし―

「―トージさん、殺しちゃダメですよ。」

 疲れたようにそう呟いた女の顔にも焦りや恐怖は無い。


 だから、男達の表情に剣呑な光が過ぎる。
 彼等は弱いものに敏感であると同時に、
 彼等を下に見る者に対しても非常に敏感だ。

 女が言うように、ボロクズ同然の京介に背を向け、
 男達は全員揃ってその男女の方へ向き直った。

 女は、スポーティに引き締まった四肢を持っていたが強そうには見えず。
 男は確かに体格が良かったが、武装した20人近い彼等にすれば苦戦こそすれ勝てぬ相手には見えなかった。


 手に手に凶器を持った男達は警告の一言すら無く男に殴りかかる。
 男は驚きもせず、また避けるそぶりも見せないまま殴打を受ける。

 ―鈍い打音。

 だが男は一寸すらも揺らがず、逆に動揺し揺らいだのは男達の方。
 彼等は一般的な若者ではなかったし、後ろ暗い人間であり、
 少なからず凶器を持って他者を害した経験のある者ばかりであった。

 故に。
 彼等はその手応えの異常さに身を竦ませた。
 凶器の伝えて来る手応えは、人体というよりむしろ、大型車両用のゴムタイヤを殴った時のような感触を伝えて来ている。

 そして彼等が次の行動を起こすより先に、巨漢は眉一つ動かさず、
 たまたま最も近くに居た彼等の一人の手首を掴み、事も無げに地面と水平に彼を振った(・・・)

 鈍い風斬り音が響き、
 骨が折れ砕ける音と、声に鳴らない悲鳴、その他諸々の音が路地裏に満ちる。

 振られた青年と壁の間にサンドイッチされ、そのまま地面にもつれあいながら凶器を持った男達が転がる。

 呻き声しか上げられずにいる彼等を一瞥し、巨漢は掴んだままだった青年を無造作に今度は振り上げる(・・・・・)

 青年の腕と肩はあらぬ方に折れ曲がり、明らかに損傷していたが、
 巨漢はそれらに全く構わず、癇癪を起こした子供がヌイグルミを振り回す気安さで振り下ろした。

 無論その結果、悲惨な音と声が響くのだが。
 巨漢は何の表情の変化も無く、また容赦も無しにそれを、2度、3度と繰り返した。

 4度目の暴挙が行われる前に、

「トージさん、止めて。
 殺しちゃダメだって言ってるでしょう。」

 女が眉を寄せながら言った。

 巨漢、―董路(トージ)は面倒臭げに振り回していた青年を投げ出し、視線を京介へと向け直し、

「・・・どう見る、砌。」

 と、呟く。
 女―どうやら(ミギリ)と言うらしい、―は地面で声にならない怨嗟の声をあげる男達を跨ぎ越え、
 京介の真横まで歩み寄り、腰を落として彼の顔をまじまじと覗き込んで可愛らしく小首を傾げ、
「少し妙な具合ですが・・・、宝脈(ベイン)が見て取れます。
 ―間違い無いかと。」

 と、京介にとってはワケのわからない事を告げた。

 ・・・宝脈(ベイン)
 つい最近聞いた憶えのある単語だった。
 それは例の、自分に蹴りを入れて石を持って行った女が言っていた単語ではなかったか。
 だとしたらもう、石とやらを失い無様に転がっている自分には関係の無い話ではないのか。

「野良≠セな?」

 繰り返しトージが砌に問いかけると、女は小さく頷きを返した。

「ええ、それは間違い無く。
血族≠ネらば、こんな無様はしないでしょう。
 ・・・ここでバラす(・・・)つもりですか?」

 剣呑な台詞が女の口から零れるが、トージは鼻で笑い小さく首を横に振る。

「いや、まだだ(・・・)
 野良となれば無論、回収は是非も無いが。
 その前に少々役得があっても良かろう?」

 告げるその顔に、初めて明確な表情が浮かぶ。
 つまりは、―歓喜。

 砌は苦々しげな表情を隠しもせずに深々とため息をつき、背中を向けた。

「どうにも自分は、その事柄にだけは同意しかねます。
 ・・・お楽しみも結構ですが、なるべく手短にお願いしますよ。」

 足早に距離をおきながら砌は去っていく。
 同意はしかねても別段止めもしないと言う事か。

 去りいく砌には委細構わず、トージは手馴れた様子で京介の両手首をまとめ、左手でそれを掴み上げ、壁に京介の身体を押し付けぶら下げる。
 その顔はだらしなく歓喜に緩みきり、唇の端からは獣を思わせる涎が零れていた。

 そんなトージの様子を見ても、京介は何も感じてはいなかった。
 また暴力を振るわれるのか、そんな風に諦め気味に思っていただけで。

 だが―。
 現実は時に人の予想を越えて残虐で残酷である。

 トージがあいている右手で自らのズボンの前を開いた時点で、
 京介の中にあった苦痛と恐怖に対する諦観はどこかへ消し飛んでいた。

「―待てよ、嘘だろ(・・・)。」

 掠れ気味の声で呆然と呟く。
 トージは彼の呟きには答えない。
 代わりに脈打つ血管を纏わりつかせ、股間にグロテスクに屹立した男性器が雄弁に己が欲求を告げている。

 ―おまえを犯す(・・)、と。

 痛みや絶望に対する諦めは微塵も残さず消し飛んだ。
 自分は今人生の最底辺に居るのだという先ほどまでの思い込みは崩壊した。
 何の事はない。
 地獄の底だと思っていたそこは上げ底(・・・)で、まだ下があったのだ。
 彼が全く予想もせず、考えもしなかっただけで。

 痛みと疲労で動かなかったはずの四肢も現金なものでまだ動いた。
 上体を振ってどうにか手首を押さえた巨漢の左手を振り解こうともがき、
 目の前にある腹部と、男性器に蹴りを入れてどうにか逃れようとした。


 京介の渾身の蹴りが男性器を直撃しても、
 巨漢は眉を軽くしかめただけでその手を緩めはしなかった。

 代わりに握り拳を無造作に彼の腹部へと叩き込む。

 ―衝撃。
 重く、一撃で内蔵まで震わせる拳打だった。
 熱いものが胃を越えて喉元までせり上がって来るが、嘔吐すべきものはもう無い。

 動きが止まったところに、2度、3度と拳が繰り返し突き刺さる。

 朦朧とする意識の中、巨漢の体躯が2回りほども膨れ上がっている事に京介は気付いたが、
 それが現実の光景なのか、恐怖に錯乱した精神が見せた幻なのか判断はつかなかった。

 激痛は痛みを通り越して痺れたように身体を侵し尽くし、
 ぐったりと脱力した四肢はまるで他人のもののようだった。
 生暖かく濡れた感触が下半身を覆っている事を知り、
 そこで初めて自分が恐怖と痛みのあまりに失禁しているのだと気付く。
「―いい心がけだ。
 濡れていたほうが何かとやりやすいからな。」

 見ようによっては優しげに見える笑顔でトージが囁くが、
 それももう京介に取っては地獄の悪鬼の笑みでしかない。

 羞恥心などもうどこにも残ってはおらず、赤子のように泣き叫び、
 涙と鼻水と涎で顔中をクシャクシャにしながら声にならない嗚咽を繰り返す。

 泣き叫んで謝れば許して貰えるのならば恥も外聞も無く彼はそうしただろう。

 だが、最早トージの劣情は引き返しの効かないところまで来ていた。
 ・・・トージが今、理性的であったとして、彼の懇願を受け入れたかは疑わしい限りではあるが。

 悪鬼の右腕が彼の左脚を掴み上げる。
 抵抗空しく脚は無理矢理に引き上げられ、
 トージは無造作に腰を押し進めた。
 足首と膝、股関節に激痛と異音が走るが彼はそれを意識していない。

 ヌラリと体液に濡れそぼった獰猛な肉槍が征服の喜びに打ち震え、
 興奮に感極まったトージは雄叫びを上げて自身の勝利を宣言する。

「さあ! ちからを抜け!
 俺はいっこうに構わんが痛い目は見たくなかろう!!」

 最早京介には言葉も無く、ガクガクと恐怖で震えながら、
 小さな子供がするようにイヤイヤと小さく首を横に振る事だけしかできなかった。

 彼の菊座に体液を塗りつけながら、嬲るように肉槍が前後に往復する。

「・・・止めて欲しいか?」

 京介の耳元に頬を寄せてトージが囁く。

「ああ、お願いだ、止めてくれ・・・、頼む―」

 力無く懇願する彼の泣き顔を見つめながらトージはゆっくりと頷いた。

「そうか、本当に辛そうだな。
 心が痛む、本当さ、胸が張り裂けそうだ。
 ―だがお断りだ(・・・・・・)!!」

 瞬間。
 ドス黒い色をしたその肉槍は容赦無く彼の肉体を貫いた。

 呼吸が止まり、激痛が脊髄を吹き上がって脳髄を焼く。

「―。」

 言葉にならない吐息が唇から漏れる。
 トージは満足げな笑みを浮かべながら腰を捻じ込み、そして引き抜く。

 内蔵が裏返るような衝撃に京介の身体が痙攣するも、
 トージはその行為を止めず、むしろ嬉々として繰り返した。

 悪鬼の腰が蠢く度に、言葉にならない叫びが彼の唇から零れ、全身が激痛と嫌悪感で痙攣を繰り返す。


 最早幻覚等ではなかった、悪鬼の体躯は興奮に打ち震える度に膨れ上がり、
 その身長は既に2mを越し、二の腕は大の大人の腰回り程に膨張している。

 そして何より過酷な事に、その下腹部から屹立した肉槍もまた脈動する毎に増長し増大し続けている。

 文字通り五臓六腑を犯し壊されながら、京介はまだ意識を保っていた。
 ブレーカーを落とすように暗闇に落ちそうになる意識は、
 その度に全身を侵す激痛という名の過電流によって再接続を繰り返すのだ。


 ―これが因果応報というものか。

 焼き切れ砕けた意思の断片が朦朧とそんな事を考えた。

 なるほど確かに自分はあの石とやらのちからに溺れ、人を傷つけてきた。

 脳裏を過ぎったのはあの銀髪の少女。

 自分もこの化物と同じ。
 相手の意思すら考えずに欲望に任せて少女を蹂躙したのだ。

 今更になって罪悪の念が胸を打った。

 全てはあまりに遅過ぎ、後悔は一片の意味も持たない。


 その絶望はあまりにも深く、
 全身を侵し続ける激痛よりも尚深かった。

 これが彼へあつらえられた似合いの末路だと言うのなら是非も無い。
 正しくこれがあるべき姿なのだと納得もできる。
 そう思えば、何もかもが腑に落ちた。


 だから彼は、全てを放棄し考える事を止める―。